東京高等裁判所 平成7年(行ケ)42号 判決 1996年6月27日
奈良市鳥見町2丁目27番地の8
原告
島顕侑
同訴訟代理人弁護士
村林隆一
同
今中利昭
同
吉村洋
同
浦田和栄
同
松本司
同
岩坪哲
同
田辺保雄
同弁理士
中谷武嗣
大阪市中央区北久宝寺町3丁目6番1号
被告
大丸興業株式会社
同代表者代表取締役
内村俊雄
大阪市中央区上町1丁目26番7号
被告
ミノル工業株式会社
同代表者代表取締役
高橋実
被告両名訴訟代理人弁理士
石田長七
同
西川惠清
同
森厚夫
被告ミノル工業株式会社訴訟代理人弁理士
佐當彌太郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成5年審判第18044号事件及び平成5年審判第21520号事件について平成6年12月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
2 被告ら
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「配線用引出棒」とする実用新案第1980818号の考案(昭和58年9月3日出願、平成5年8月27日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。
被告大丸興業株式会社(以下「被告大丸興業」という。)及び被告ミノル工業株式会社(以下「被告ミノル工業」という。)は、平成5年9月13日、本件実用新案登録につき無効審判の請求をしたが、特許庁は、これらの請求を同年審判第18044号事件及び同第21520号事件として審理した結果、平成6年12月26日、本件考案の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は、平成7年2月9日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
(1) 平成7年審判第15020号事件における平成7年9月21日付け訂正審決(以下「本件訂正審決」という。)による訂正前の本件考案の実用新案登録請求の範囲
先端から根元へ順次外径寸法が増加する複数本のつなぎ竿15…を、外径寸法の大きいものの根元から外径寸法の小さいものを挿入して先端側への引張力にて引抜けないように、かつ、伸縮自在に連結して、引出棒本体1を形成し、
かつ該つなぎ竿15…をグラスフアイバー等の絶縁材質とし、
さらに、該引出棒本体1の先端16に電球6等の照明乃至目印部を、該引出棒本体1の根元側から目視可能として付設し、
しかも、根元方向へ内側が向くように、湾曲した、線を挟んで引く引っ掛け部4、及び、先端方向へ内側が向くように湾曲した、線を挟んで押すための押し部14を、一本の線状部材にて連続状に形成して、上記引出棒本体1の先端16に設けたことを、特徴とする配線用引出棒。
(2) 本件訂正審決による訂正後の本件考案の実用新案登録請求の範囲
(1)の訂正前の実用新案登録請求の範囲のうち、「該引出棒本体1の先端16に電球6等の照明乃至目印部を、」を「該引出棒本体1の先端16に電球6の照明部を、」と訂正されたほか、(1)と同旨のもの。
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨は、前項(1)に記載のとおりである。
(2) 請求人ら(被告ら)は、本件考案の登録を無効とするとの審決を求め、その理由として、いずれも本件考案は、出願公告決定謄本送達前の補正に要旨変更があったので、その出願の日は実用新案法9条1項により準用する特許法40条(平成5年法律第26号による改正前のもの。)の規定により、昭和62年1月16日付け手続補正書(以下「本件第1次補正」という。)が提出された昭和62年1月16日あるいは昭和63年2月17日付け手続補正書が提出された昭和63年2月17日(以下「本件第2次補正」という。)とみなされて、甲号各証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものである旨主張し、請求人(被告)大丸興業は、甲第3号証(本訴における書証番号で表示する。以下、同じ。)及び甲第6号証を提示し、被告ミノル工業は、甲第3号証を提示している。
(3) 被請求人(原告)は、本件審判請求は成り立たないとの審決を求め、その理由として、出願公告決定謄本送達前の補正に要旨変更はなく、その手続補正書の提出した日まで出願日が繰り下がることはなく、本件考案は、その出願前に公知でない甲号各証に記載された考案に基づいてきわめて容易に考案できたものではない旨答弁している。
(4) 甲第3号証(本件考案の出願の実願昭58-137222号(実開昭60-82921号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム。以下「引用例1」という。)には、「引出棒は先端が細く、根元が太くなっている竿で、数本つなぎ(つり竿のように)あわせ、伸縮自在にできるようにしたもの(図面第1図-別紙図面第1図参照)で、先端に引っ掛ける部分(4)と結束して引くところ(5)と線を挟んでおすところ(14)と先端を照らす電球(6)と…スプリング式自動巻き(13)等を内蔵したものである。」(実用新案登録請求の範囲)、「(イ)グラスファイバー・カーボン・プラスチック塩ビ・軽量金属等の材料を使用し短かい異径(先が細く元が太いもの)パイプ(1)を数本、伸縮自在(振り出し、つり竿のように)継ぎ…」(2頁10~13行)及び「(ロ)引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)と結束のできるリング(5)と線を挟んで押し出す部分(14)先を照らす電球(6)と…」(2頁16~18行)の各記載と、本件考案の斜視図とした全体を表した第1図及び電球保護カバー(7)の頂部に、竿の根元方向へ内側が向くように、湾曲した引っ掛ける部分(4)と先端方向へ内側が向くように、湾曲した押し出す部分(14)とを一体的に設けた状態を表した第2図(別紙図面第2図参照)の正面図とが示されている。
また、甲第6号証(実願昭58-157105号(実開昭60-66210号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム。以下「引用例2」という。)には、「複数のサブロッドが入子構造により軸方向において伸縮自在となるように連結されてロッド本体が構成され、伸長時におけるロッド本体の最先端に位置するサブロッドの先端部に電源線の端部を係止するフックが設けられて成る配線用治具。」(実用新案登録請求の範囲)及び「フック(4)は金属の線材を曲成して形成され、サブロッド(1a)の先端部を収める形に配置される連結キャップ(6)の先端に突設される。すなわち、フック(4)は線材を長手方向の中央部で弧状部分を介して折り返し、これをさらに鉤状に曲成したものであり、…ロッド本体(2)の最先端に位置するサブロッド(1a)の先端部は透明な合成樹脂で形成され、その内周面には蛍光塗料が塗布されており、この部分(17)が蛍光を出すことにより、天井裏(15)や壁内空間(16)の薄明りの中でもロッド本体(2)先端部の凡その位置が確認できるのである。」(4頁11行~5頁5行)が記載されている。
(5) 本件第1次補正について検討する。
<1> まず、請求人(被告)ミノル工業が要旨変更とした「棒1の先端部に目印部を根元側から目視可能として付設」することに対して、被請求人(原告)は、自明であると反論している。
しかしながら、電球を囲む篭型保護カバーを設けることにより・保護カバーが電球の点灯にて照射されて、根元側から見た目印部の機能を有するとの主張ならばともかく、「なお、電球6に代えて、頭部18の一部、又は、引出棒本体先端16の一部に蛍光塗料を塗布したり蛍光樹脂を使用するのも自由である。」(甲第4号証4欄10~13行)として電球6による照明部を設けることなく、その機能を代替する手段として、螢光塗料あるいは蛍光樹脂を用いることは、出願当初の明細書及び図面(甲第3号証。以下「当初明細書」ともいう。)には全く開示されていない事項であり、「目印部を付設」することが自明であるとすることはできない。
<2> 次に、請求人(被告)ミノル工業が要旨変更とした「引っ掛け部4を『線で挟む』ものである」点に対しても、被請求人(原告)は、当初明細書の図面から自明の事項であると反論している。
しかしながら、前記したように当初明細書には、「(ロ)引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)…」との記載しかなく、引っ掛ける部分(4)が「線を挟む」ことについては一切記載されておらず、また、図示された引っ掛ける部分(4)は、隣接する押し出す部分(14)と半円弧状と形状は似ているものの、その寸法は明らかに相違しており、被請求人の主張するように、使用する電線に合わせて湾曲半径を大小変化して対応させるものとして推察すると、一方の押し出す部分(14)を、使用する電線を挟むことができる大きさに設定すれば、他方の引っ掛ける部分(4)では、寸法の違いから同一線径の電線を挟むことはできなくなるので、図示された形状に基づいて引っ掛ける部分(4)が、押し出す部分(14)と同じく線を挟むことまで、意図していたとはいえず、引っ掛け部4が、線を挟むことは、当初明細書に記載された事項の範囲を越えるものであるとしか認められない。
(6) 本件第2次補正について検討する。
被請求人は、当初明細書に記載した事項からみて、引っ掛け部4と押し部14を、「一本の線状部材にて連続状に形成して」いる点は当業者にとって自明な事項であり、特に第2図(別紙図面第2図参照)を見れば、その点が明らかに開示されている旨主張している。
しかしながら、第2図から引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)とが、押し出す部分(14)を介して電球保護カバーと一体的に形成されているとは認められても、引っ掛ける部分(4)、押し出す部分(14)などの断面がどのようになっているか全く示されてなく、1本の部材で形成されている引っ掛ける部分(4)と同様に、第2~4図から、直ちに押し出す部分(14)が1本の線状部材で連続状に形成されているとは解されず、「一本の線状部材をもって、連続状に、引っ掛け部4及び押し部14を形成したから、製作が容易でかつ構造がシンプルとなり…」(甲第7号証5欄1~3行)という効果を奏するような構成である、引っ掛け部4と押し部14を、「一本の線状部材にて連続状に形成して」いる点は、当初明細書に記載された事項の範囲内ということはできない。
(7) 以上とおりであるから、本件第1次補正及び本件第2次補正は、いずれも明細書の要旨を変更するものであり、実用新案法9条1項により準用する特許法40条の規定により、本件考案は、その最新の手続補正書が提出された昭和63年2月17日に出願されたものとみなす。
<8> そこで、本件考案と引用例1に記載された考案とを対比すると、引用例1の「引っ掛ける部分(4)、押し出す部分(14)」は、本件考案の「引っ掛け部(4)、押し部(14)」にそれぞれ相当するので、両者は、「先端から根元へ順次外径寸法が増加する複数本のつなぎ竿を、外径寸法の大きいものの根元から外径寸法の小さいものを挿入して先端側への引張力にて引き抜けないように、かつ、伸縮自在に連結して、引出棒本体を形成し、
さらに、該引出棒本体の先端に電球等の照明部を、該引出棒本体の根元側から目視可能として付設し、
しかも、根元方向へ内側が向くように、湾曲した、引っ掛け部、及び、先端方向へ内側が向くように、湾曲した、線を挟んで押すための押し部を、上記引出棒本体の先端に設けたことを、
特徴とする配線用引出棒。」である点で一致し、次の3点で相違している。
<1> 相違点1
本件考案は、つなぎ竿をグラスフアイバー等の絶縁材質と規定しているのに対して、引用例1に記載された考案は、使用材料について規定していない点。
<2> 相違点2
本件考案は、「線を挟んで引く」引っ掛け部としているのに対して、引用例1に記載された考案は、単なる引っ掛ける部分である点。
<3> 相違点3
本件考案は、引っ掛け部及び押し部を「一本の線状部材にて連続状に形成して」としているのに対して、引用例1に記載された考案は、引っ掛け部及び押し部をどのように形成するか言及していない点。
(9) 上記相違点について検討する。
<1> 相違点1について
引用例1には、つなぎ竿を構成するパイプの材料として、グラスファイバー・プラスチック塩ビのような絶縁材あるいはカーボン・軽量金属のような導電材を使用することが上記(4)(イ)のように記載されており、また、近年釣り竿の材料として、従来のグラスファイバーに代えて、新しい素材である炭素(カーボン)繊維が使われるようになったことから、その導電性のためにカーボンロッドの釣竿による思わぬ感電事故も、新聞等で報じられて一般に広く知られている事柄であり、本件考案の対象である配線用引出棒の使用される場所が、天井裏や壁の中という感電の虞のある所であり、本件考案のように竿の材料を絶縁材質に規定することは、作業の安全性を考慮しての単なる設計的事項の選択にすぎず、その構成に基づく効果としての「安全である」ということも、当然予測できるものであり、格別の効果とは認められない。
<2> 相違点2について
引用例1には、線の取り扱いを容易にするために、線を扱う先端の引っ掛ける部分(4)には、「内側をノコギリの刃状の凹凸を設けること」及び押し出す部分(14)には、「線を挟む」手段をそれぞれに用いることが記載されており、本件考案のように、引用例1の押し出す部分に用いられていた線の取扱手段である「線を挟む」手段を引っ掛け部に付加することにより、「線を挟んで引く」引っ掛け部とすることに、格別の困難性が存在するとは認められない。
<3> 相違点3について
引用例1には、その製法についての記載はないが、少なくとも、引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)とを隣接して、保護カバー頂部に一体的に設けることが示されており、また、引用例2には、本件考案と同様に使用される配線用治具の先端部材であるフックを、「フック(4)は線材を長手方向の中央部で弧状部分を介して折り返し、これをさらに鉤状に曲成したもの」として一本の線材から構成することが記載されており、この技術を引用例1に適用することにより、本件考案のように、引っ掛け部及び押し部を「一本の線状部材にて連続状に形成して」と構成することは、当業者が適宜行う設計的事項の変更にすぎない。
(10) したがって、本件考案は、引用例1及び引用例2に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案できたものと認められるので、本件考案は、実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものであり、同法37条1項1号の規定により、その実用新案を無効にするべきものとする。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)は争う。本件考案の要旨は、本件訂正審判により訂正された。同(2)ないし(4)は認める。同(5)ないし(7)は争う。同(8)、(9)は争わない。同(10)は争う。
審決は、本件訂正審決による訂正の結果本件考案の要旨の認定を誤ったものであり、また、本件第1次補正及び本件第2次補正に要旨変更があると誤って判断したため出願日後の文献を引用し、本件考案がきわめて容易に考案できるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件考案の要旨認定の誤り)
<1> 本件考案の要旨は、前記2(1)に記載のとおりであったが、原告は、平成7年7月13日、本件考案につき訂正審判の請求をし、特許庁は、同年9月21日、「実用第1980818号実用新案明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決(本件訂正審決)をし、その審決書は、同年10月9日原告に送達された。
本件訂正審決による訂正により、本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)は、前記2(2)のとおり訂正され、考案の詳細な説明についても、それに関連する訂正がされた。
<2> したがって、審決には、本件考案の要旨の認定を誤った違法があり、その余の点について判断するまでもなく、取り消されるべきである。
(2) 取消事由2(要旨変更の判断の誤り-本件第1次補正分)
<1> 審決は、「棒1の先端部に目印部を根元側から目視可能として付設」する点を要旨変更であると判断している。
しかしながら、本件考案の要旨は、本件訂正審決により前記2(2)のとおり訂正されたから、この点をとらえて要旨変更であるとすることはできない。
<2> 審決は、「引っ掛け部4を『線を挟む』ものである」点を要旨変更であると判断しているが、誤りである。
挟むとは、物と物との間にさし入れることであって、密着して固定される場合と、比較的ルーズにさし入れる場合がある。本件の場合は、後者の意味である。
当初明細書には、「(ロ)引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)と結束のできるリング(5)と線を挟んで押し出す部分(14)」(甲第3号証2頁16~18行)と記載されている。ところで、当初明細書第2図によると、(4)は引っ掛け、(14)は押し出すのであるが、上記各作用はお互いに反対の作用をするものである。そして引っ掛け又は押すの何れにしても電線を挟まなければできないことである。
そして、押し出す部分(14)については上記のとおり「線を挟んで」と記載されているのであるから、鍵(4)の場合も「線を挟んで」引っ掛けるものであることはいうまでもない。
審決は、(4)と(14)は形状は似ているが、寸法は相違しており、したがって、同じものを挟むことはできないとしている。しかし、(4)と(14)とが若干その寸法が違ったからといって、審決がいうように大袈裟に考えるべきではなく、実用新案の実施例の説明としては十分である。特に、(5)の孔に挿通するような電線径ならば、(14)よりも(4)の方が確実に「挟む」ことができる。
(3) 取消事由3(要旨変更の判断の誤り一本件第2次補正分)
審決は、引っ掛け部4と押し部14を、「一本の線状部材にて連続状に形成して」いる点が要旨変更に当たると判断しているが、誤りである。
引っ掛ける部分(4)及び押し出す部分(14)の断面形状は、当初明細書第2図の正面図、側面図及び平面図(別紙図面第2図参照)から、明らかに分かる。そして、電線を引っ掛ける部材というのは、鍛造やプレス等の各種の塑性加工方法があり、これらの加工方法は、本件出願前自明に属する。
なお、「線状」とは、「細長い、線の形をしていること」(広辞苑第四版)であって、横断面形状や横断面積がある程度変化、増減している場合も含まれる。また、「一本の線状部材にて連続的に形成」とは、形成後(製作後)のものの形状が一本の線状部材が連続的に形成、という意味である。
したがって、本件第2次補正は、当初明細書第2図から明白な形状に限定した構成要件の減縮であり、要旨変更には当たらない。
第3 請求の原因に対する被告らの認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4のうち、(1)<1>は認め、<2>は争う。(2)、(3)は争う。
本件訂正審決による訂正も審決の結論に影響せず、審決の認定及び判断も正当であるから、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
本件訂正審決による訂正は、審決の結論に影響しないから、審決の取消事由とはならない。
すなわち、本件第1次補正及び本件第2次補正により要旨変更と認められた理由は、審決の理由の要点欄に記載のとおり、(a)目印部を付設する点、(b)引っ掛ける部分(4)が線を挟む点、(c)引っ掛け部4と押し部14を一本の線状部材にて連続状に形成している点、の3点である。そして、これら3点は、相互に独立的な要旨変更事項である。したがって、その1つにすぎない(a)目印部を付設する点について訂正が行われても、他の要旨変更事項である(b)点及び(c)点が残っている以上、本件訂正審決による訂正後の本件考案が要旨変更事項を含む考案であり、出願日が昭和63年2月17日まで繰り下がるとの結論に変わりはない。
(2) 取消事由2<2>について
当初明細書には、「引っ掛ける部分(4)」(甲第3号証1頁8行)、「(ロ)引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)」(同2頁16行、17行)及び「(4)引っ掛け鍵」(同3頁16行)との記載が存在するだけである。
しかも、当初明細書第1図及び第2図(いずれも別紙図面参照)に図示されている「引っ掛ける部分(4)」と「押し出す部分(14)」の形状は半円弧状で似ているものの、寸法は明らかに相違している。すなわち、引っ掛ける部分(4)の径は、押し出す部分(14)の径よりも明らかに小さく、したがって、この実施例の構造では、押し出す部分(14)により挟んで押し出すことができる径の電線を引っ掛ける部分(4)では挟んで引っ掛けることなどできないものである。
また、径の異なる多種類の電線が存在する以上、引っ掛ける部分(4)が「線を挟むものである」ことが、当業者にとって自明な事項であるとも考えられない。
したがって、審決のこの点の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3について
当初明細書からは、「引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)が一体的に形成されている」ことは認められるものの、「引っ掛け部4と押し部14を一本の線状部材にて連続状に形成している」ことまでは、当業者にとって想像できない。
原告は、線状部材は同一断面形状である必要はない旨主張しているが、同一断面でないものが、果して「製作が容易でかつ構造がシンプルとなり、」(甲第7号証5欄2行、3行)といった効果を奏するものであるのか、はなはだ疑問である。
したがって、審決のこの点の判断に誤りはない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(4)(引用例1及び2の記載事項の認定)、(8)及び(9)(一致点、相違点の認定及び相違点に対する判断)は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由2<2>について
甲第3号証によれば、当初明細書には「引っ掛ける部分(4)と結束して引くところ(5)と線を挟んでおすところ(14)」(実用新案登録請求の範囲)、「引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)と結束のできるリング(5)と線を挟んで押し出す部分(14)」(2頁16行ないし18行)と記載され、第2図(別紙図面第2図参照)には、引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)は連続して互いに反対方向に凹状のくぼみを有し、引っ掛ける部分(4)の径が押し出す部分(14)の径より小さく図示されていることが認められる。これらの記載からは、引っ掛ける部分(4)も、電線を挟むように構成することが記載又は示唆されていると認めることはできない。
原告は、「挟む」とは、物と物との間に比較的ルーズにさし入れる場合があり、本件の場合はこの意味である旨と主張する。しかしながら、「挟む」とは、「物と物との間にさし入れて両側から固定する。物と物との間に入れて落ちないようにする。」(広辞苑第四版)ことを意味しているところ、前記認定の当初明細書中の「引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)と結束のできるリング(5)と線を挟んで押し出す部分(14)」との文脈の中で理解すれば、当初明細書中の「挟んで押し出す部分」は、物と物との間にさし入れて両側から固定する」ことを意味していると認められる。
原告は、さらに、(4)は引っ掛け、(14)は押し出すのであり、上記各作用はお互いに反対の作用をするものであるが、引っ掛け又は押すの何れにしても電線を挟まなければできないことである旨主張する。しかしながら、当初明細書中の「(ロ)引っ掛けやすいように内側をノコギリの刃のようになっておる鍵(4)と結束のできるリング(5)と線を挟んで押し出す部分(14)」の記載によれば、電線をずれないようにするための構成として、引っ掛ける部分(4)については内側をノコギリの刃のようにし、押し出す部分(14)については、挟むようにしたと解することもできるところであり、また、当初明細書中の「挟む」の意味を原告主張のように比較的ルーズにさし入れると解することはできないことは前記説示のとおりであるから、この点の原告の主張は採用できない。
したがって、「線を挟んで引く引っ掛け部4」と補正した点が要旨変更に当たるとした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由3について
引っ掛け部(4)と押し部(14)を「一本の線状部材にて連続状に形成して」いる点については、当初明細書に明記はされていない。
次に、当初明細書第2図(別紙図面第2図参照)には、頭部拡大図として、正面図、側面図及び平面図が記載されており、これらによれば、引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)とが一体的に連続状に形成されていることが認められ、また、引っ掛ける部分(4)は線状部材で形成されていると表現できるものと認められる。しかしながら、引っ掛ける部分(4)と押し出す部分(14)とが一体的に連続状に形成されているとしても、それが一本の線状部材で形成されているとまでは認めることができない。すなわち、当初明細書第2図によれば、押し出す部分(14)は電球カバーの上に支持されるための支持脚に相当する部分を有していることが認められ、この支持脚に相当する部分を有する押し出す部分(14)は、偏平状とはいえても、到底線状と表現できるものとは認められない。
さらに、原告は、横断面の形状がある程度変化している場合も「線状」に含まれ、「一本の線状部材にて連続的に形成」とは、形成後(製作後)のものの形状が一本の線状部材が連続的に形成されていれば足りる旨主張する。
しかしながら、線状といい得るためには、長手方向の長さに対してその直交方向の径等が相当程度短いことが必要であると解されるところ、当初明細書第2図の押し出す部分(14)の形状は、仮に支持脚部を除外して観察したとしても、横断面の変化が上記「線状」の範囲を超えているものと認められる。
したがって、引っ掛け部4と押し部14を、「一本の線状部材にて連続状に形成して」いる点が要旨変更に当たるとした審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由1及び取消事由2<1>について
取消事由1<1>の事実(本件訂正審決による訂正)は、当事者間に争いがない。
その結果、審決の本件考案の要旨認定は誤りとなり、また、審決の「棒1の先端部に目印部を根元側から目視可能として付設」する点を要旨変更とした判断(取消事由2<1>)が誤りとなることは明らかである。
原告は、審決は、本件考案の要旨の認定を誤ったものであるから、その余の点について判断するまでもなく、取り消されるべきであると主張する。しかしながら、審決取消訴訟において、審決が違法とされるためには、審決の認定、判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを要し、審決が引用した引用例と対比して審決と同旨の理由により審決と同旨の結論に達するときは、その誤りは審決の結論に影響しないから、審決を違法として取り消すことはできないと解される。
これを本件について見ると、前記(1)、(2)で説示したとおり、審決が要旨変更の理由とした3点のうち、(b)引っ掛ける部分(4)が線を挟む点、及び、(c)引っ掛け部4と押し部14を一本の線状部材にて連続状に形成している点については、要旨変更であるとの審決の判断に誤りはない。そして、本件訂正審決による(a)点に関わる訂正が上記(b)点及び(c)点が要旨変更か否かの判断に影響する関係にはなく、これら3点は相互に独立した要旨変更事項であると認められる。したがって、(a)目印部を付設する点について訂正審決による訂正が行われても、他の独立した要旨変更事項である(b)点及び(c)点についての判断に誤りがない以上、本件考案は本件第2次補正の手続補正書が提出された昭和63年2月17日に出願されたものとみなされるとの結論に変更はない。そうすると、本件訂正審決による訂正の結果としての本件考案の要旨認定の誤り及び(a)目印部を付設する点(取消事由2<1>)についての要旨変更の判断の誤りは、審決の結論に影響しないものである。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面第1図
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別紙図面第2図
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